2015年 03月 05日
2校目の学校が建設できました。
2011年 02月 03日
ラオス訪問記:2011年1月29日~2月2日
シルバーアーチに関わってくださったすべての方々の力がひとつに
なって建設されたラオスの小学校の開校式に家族3人で出かけて
きました。
1、日本~バンコク~首都ビエンチャンへ
(お湯が出ないよっ&アジアカップサッカーの決勝が気になる~)
6時前に自宅を出て、8時半に成田着。タイ航空のカウンターには
みなさんすでに集まっていました。(今回の同行者は全部で10人)
まずは簡単な自己紹介をしてチェックインカウンターへ。ラオスに
持っていくために限度いっぱいまで使って大量の荷物を預けます。
一人20キロまでなので全部で200キロ!!
私たちは預ける荷物がなく、デイパックだけだったのでみなさんから
「旅慣れているね」と言われたのですが、単に荷物が多いのが苦手、
というだけです。今回はラオスとはいえ一応外国人向けのホテルに
宿泊と聞いていたので基本的に最低限の着替え以外は何ももって
行かず、汚れたら洗う、レベルで大丈夫だろうと踏んでいました。
実際「持ってくればよかった~」と後悔するようなものは一つもあり
ませんでした。
成田からの飛行機はほとんど揺れもせずトランジット地点のタイ・
バンコクに無事到着。ラオスへの乗り継ぎ時間に空港内のバーガー
キングで夕食。日本のバーガーキングも大盛り系ですが外国で
食べると笑えます。思ったとおり日本では見たこともないほど大きな
まるでコドモのバケツみたいなコップに入ったコーラがバンコクでも
出てきました。こういうのも海外にいることが実感できて楽しいもの
です。
そんなこんなで初日の宿泊地であるラオスの首都ビエンチャンの
ホテルに着いたのが午後10時ぐらい。時差が2時間あるので実際
にはここまでの移動に18時間かかったことになりますね。
チェエックインして部屋に入ると3人なのにベッドが二つしかない~!
どうやって寝るの?と思っていたらスタッフがやって来て簡易ベッド
を設置していってくれてほっと一安心。4階の部屋から外を見ると
街の明かりが少ないために暗くてよくわからないけれどどうやら
メコン川のすぐそばのようでした。もともとビエンチャン自体が川岸
にある、つまり首都がタイとの国境のすぐ近くに位置している、という
やや不思議な位置のためこのホテルもそんな場所にあるというわけ
です。
さて明日は早いのでシャワーを浴びようとしたらお湯が出ません!
さすがラオス!やられたよ~と思いつつもなんだか海外旅行っぽいぞ
と楽しくもなってきました。フロントに伝えようか、とも思ったのですが、
部屋を変える、とかなるとちょっと面倒くさいし、もしお湯そのものが
出ないなら何をしてもお湯は出ない可能性が高いと思って、早く寝た
いし、この日はあきらめました。アジアカップの決勝が気になって
テレビをつけてみましたが放送していなくて気になりつつもベッドに
入りました。
翌朝、他の部屋の人に「お湯出ました?」と聞いてみたら「出ましたよ」
と意外な返事が!シングルで泊まった人たちは2階だったので「むむ、
4階までお湯が来なかったのかなぁ?」などと間抜けなことを考えて
いたらふとお湯を出すのに蛇口をまわす方向が日本と左右逆だった
ことに気づきました (@_@)←遅いよ!
・・・でもやっぱりこういう間抜けなできごともなんだか楽しい、というか
旅はスムーズだと逆に面白くない、といってわざわざ失敗することも
ないけど。少しハイテンションになっていて落ち着いていればしないような
失敗をしでかしてしまう、ということでしょう。そういういつもと違う自分に
出会えるのが楽しい、、、とやや負け惜しみ気味ですが楽しめるものは
なんでも楽しんじゃおうというのは私が敬愛する高田純次氏から学んだ
ライフスタイルです。☆ちなみにラオスに持っていった本のうちの一冊
は彼の「適当日記」です。これは面白すぎるので公共の場所ででは
読まないことをお勧めします。
ホテルの下の通りは深夜遅くまで人が遊んでいるようでかなり賑やか
な夜という感じでした。翌朝は6時(!)にホテルを出て南部に移動する
ので首都ビエンチャンの魅惑の夜を体験することもせず、おとなしく寝る
ことにしました。
2、北部の首都ビエンチャンから朝イチで南部のパクセーへ
3、いきなりこんな立派な開校式!!一生分の感謝を受け取る?
4、『バーシー』という幸せな祈りの儀式
5、子ども達に日本の和の心を伝える
6、ラオスの家庭を訪問して。。。
7、ラオスのラオガム郡の教育局から感謝状!
8、AEFA・石原さんの支援が継続されているイルン村にて
9、JICAスタッフ田澤さんのこと
10、現地のVFIのスタッフに会って
11、ラオスのアイスコーヒーと食べ損ねた手作りアイス
12、番外編、ラオスの動物達
2011年 01月 11日
12、番外編、ラオスの動物達
出会えたのは鳩、にわとり、犬、猫、牛、象など日本でも見かけるごく
普通の動物たちです。ところが彼らの「姿」は私に強い印象を残すこと
になりました。それは一体なんだったかというと・・・
彼らが鎖や檻などでつながれている姿を一切見ることがなかった、という
ことなのです。つまり全部放し飼い。大きな動物と小さな動物が仲良く
一つの村の中で暮らしている。そして彼らから感じるものは「リラックス」
だけなのです。
たとえばこんな場面がありました。村を歩いていたら私たちの通り道に
小さな焚き火の燃え残りが炭になっているような温かい場所がありました。
その場所を囲むように2匹の子犬が寝ているのが見えます。かわいいの
で近づいていくのですがまったく目を覚ます気配がありません。
すぐそばまで来てもピクリとも動きません (@_@)
さすがに心配になってちょっと体に触ってみたのですがそれでも動き
ません。「え、まさか、生きていないんじゃ!」と本気で心配になって指で
突付いて見たらやっと起き出して「・・・な、なんですかぁ~」みたいな
雰囲気がありありと伝わってきて「どんだけ人間を警戒してないんだよ!」
とミョーなツッコミをしたくなるような過激なリラックス度合いだったのです。
ここの動物はぜんぜんいじめられていない、弱いものに「しわ寄せ」が
本当にいっていないんだなぁ~、これって何だかすごいことかもしれないな~
と何か大事なものを発見したような気持ちになりました。
昔、グアムの裏側の細い通りをレンタカーで走っていて前方にいかにも
雰囲気の悪い犬の集団がいて彼らが案の定「カネを出せ!」とでもいうか
のように車に体当たりしてきた、というエグイ経験を持つ私としてはまるで
天国と地獄の両方を見せてもらったような気がしました。
動物たちの姿はそこに生活している人たちの心を映す鏡だと私は思って
います。日本はどうか?と考えると改善の余地が大いにあると思いますが
かつては日本も動物たちと仲良く暮らすことが出来ていたのではないか?
またそんな関係を回復できる、そんな希望を失わずにいきたいと思います。
ホテルでは庭に象が放し飼いにされていました。これも、驚きましたが
なかなか得がたい経験ができました。彼らは保護された象のようでしたが
毎朝、お客さんを乗せてホテル内を一周する、という「仕事」もあり、それに
乗せてもらう機会に恵まれました。道なき道をゆっくりと歩く象の背中の
上でなんともいえない幸せな時間を過ごすことができてこれも旅のいい
思い出になったのでありました。
この犬ね↓

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2011年 01月 10日
11、ラオスのアイスコーヒーと食べ損ねた手作りアイス
コーヒー好きな私としてはやはりコーヒーを一番に挙げたいと思います。
どこにいっても料理は美味しかったのですが、飲み物としてコーヒーを
飲めたのは喫茶店(というよりは雑貨屋さんの店先に椅子とテーブルが
置いてある、みたいな雰囲気の場所)だけだったのですが大きな樹の
木陰で注文したアイスコーヒーは日本では味わえないタイプの飲み物
でした。
まずは先にお茶が出てきました。味がジャスミンのようなすっきりとした
タイプのものだったと思います。そのあとで私達が10人ぐらいのメンバー
だったのでアイスコーヒーがいろいろなグラスに入って(同じグラスが
足りないのね?)出てきました。
ホットコーヒーは下20%ぐらいに練乳が溜まっている、というコーヒーで
かき混ぜ具合によって甘さを調節するようでした。
アイスコーヒーはホットの3倍ぐらいの大きさのグラスに入って出てきた
のですが、なんというかコーヒーというよりはチョコっぽい味わい、ココア
のようななんとも表現しがたい味だったように記憶しています。これも練乳
が入っていたのだと思いますがコーヒー豆自体に甘みがあるのかもしれ
ません。
実はラオスコーヒーを買って帰ってきたのですが豆を見ると細かい粒と
大きな粒が混じりあっているような挽き具合なのできっと布フィルターで
淹れると良いのだろうと思うのですが今手元にないので淹れることができ
ません。などといっているうちに時間がたってしまうと風味が損なわれて
しまうのでしょうが。。。でも美味しいコーヒーの思い出は心にいつまでも
残るでしょう。
コーヒーがあったらアイスも、ということで近くにある美味しいと評判の
手作りアイスのお店にみんなで何度が出かけたのですが残念ながら、
最初は売り切れ、次はお休み、ととうとう最後まで縁が出来なくて食べる
ことができませんでした。これは次回の楽しみにとっておこうと思います。
ちなみにその代わりにタイ製のアイスを食べたのですが、これまた日本
では出会えない感じのちょっと氷っぽい薄味のアイスでありました。
しかし暑いラオスでは氷自体がとても貴重に思えたので味は二の次で
幸せな旅のヒトコマとなったのでした♪
★番外編へ(ラストです)
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2011年 01月 09日
10、現地のVFIのスタッフに会って
直接会って話をしたい、ということがありました。日本でAEFAの
スタッフを通して現地の二人の女性スタッフ、ノンさんとニャイさん
の人柄を聞いて、きっとすばらしく有能な人たちなのだろう、と
想像してはいましたが実際に会った感想はそれ以上でした。
「この二人なら世界のどこにいてもどんな仕事を任せても立派
に仕事をするだろう」と思える人たちでした。
自分の仕事に対する自信と誇り、そして見事な準備と気配りが
随所になされているために、気配りがなされていることに気づか
ないままになりそうなぐらい、いろいろな場所で違和感無くすごす
ことができたのだと思います。これはひとえに現地スタッフのみな
さんが私達の訪問に対して心を込めて準備をきちんとしてくだ
さっていたからだだろう、といま振り返って思います。
ラオスから帰ってきて「不便だったことは何ひとつなかったなぁ!」
となどとのんきに思えてしまうのは私が段々とあまり細かいことが
気にならない性格になってきているせいかもしれませんが、やはり
それよりも彼らが不便のないようにといろいろと気配りをしてくだ
さったためではないか?と思えます。
彼らとの出会いの中で印象的だった場面を一つだけ。
最終的には一番話をすることになった男性スタッフが最初の日に
私にそっと話しかけてきた言葉が忘れられません。
その日、ピアラー小学校開校式の日は初日からの移動の連続、
そのあと到着していきなり始まった式典でスピーチをし、バーシー
の儀式に参加し、子供達とサッカーをして。。。と元気に(?)動い
ていた私のそばに彼がそっと私のそばにきて、
I know you are tired. (あなたは疲れているだろうね)
とつぶやいてくれたのです。
思わずはっとわれに返った一瞬でした。
そう、ものすごく新しい体験をして心は高揚しているけれど、張り切り
すぎてちょっと疲れているかもしれないな~、と自分の心を認めて
あげられて、なんだかほっとした一瞬になったのでした。
初対面の私に自然にそんなことができる彼の心のあり方は私の心
に深い印象を残したのでした。
彼は英語がしゃべれたのでそういうことを伝えることができたので
すが、そうでない人たちでも同じように人の心を察する能力が非常
に高いのだ、と感じる場面は他にも多くあったような気がします。
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