開校式の後で今まで学校として使われていたお寺を見学してみる
ことになりました。お寺までの道を歩きます。おそらく10分程度の
距離なのですが未舗装の穴ぼこだらけの道なので注意して歩かな
いと足をとられてひねってしまいそうです。

私達の歩いている道の両側に生えている潅木の葉っぱが赤茶けて
いるので枯れているのかな?と思ったら道路を通る車の巻き上げる
泥で汚れていたのでした。これは雨季になるときれいに葉っぱの泥
が流されてしっとりとした緑色が蘇ってそれは味わいのある風景に
なります、でも今度は道路が泥だらけになってしまうのでそれが大変
なのですが、と同行したAEFAスタッフの佐藤さんが教えてくれました。

ラオスは基本的に植物が多いので雨に濡れて緑の滴る風景は美しい
だろうな~と想像しながら歩きました。

お寺の中は部屋の真ん中に太鼓(?)があるので教室としてはとても
使いにくい間取りです。そこにたくさんの机と椅子をいれて50名以上
の子供達が座って私達を待っていました。

このお寺は屋根が窓を覆うようなつくりになっていて仮教室には照明
もないので昼間なのですがあまり明るくありません。「あ~こんな暗い
部屋でこどもたちは学んでいたんだね、学校ができて本当によかった!」
と改めて実感しました。

そんなことを思っていたら「子供達に授業をやってあげてください」と
いうリクエストがAEFAのスタッフからあったので懐かしい気持ちになり
つつも、ぶっつけ本番で日本の「和」の心をラオスのこどもたちに説明
してみました。

「みんな仲良くすること、勉強に困っているともだちがいたら助けて
あげること、私達がラオスに学校を建てたのもこの和の心からです」

このようなことをラオス語に訳してもらって伝えてもらいました。そのあと
彼らがいつも歌っている歌ということでラオス国歌を歌ってくれました。
そうなったら私達も日本の国家を歌わないわけにはいきません。

そういえば去年もスウェットロッジでみんなで歌ったなぁ、と思いつつ
日本人の同行者と共に君が代を歌ってきました。

ラオスのこどもはみんなで歌うときはとっても元気だけどひとりで発言
を求められるような場面ではとってもシャイだったのがなんだか日本人
と似ているような気がして親近感がわきました。

このあとも日本人とラオス人の心は子供も大人もそのあり方がよく似て
いるな~と実感することが何度もありました。

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# by silver_arch | 2011-01-04 23:04 | シルバーアーチ報告

今回のラオスへの旅は想定外の体験がいっぱいあったのですが
これはある意味では必然のことでした。というのはラオスについて
事前にあまり調べることなく(情報も少なく、調べる時間もなかった)
現地入りしたのですから。。。体験することはすべて知らないこと
たった、といっていいと思います。

さまざまなできごとを「先入観無しに体験できる」というのは大人
になってからはラオスのような未知の国にでも出かけない限り、
不可能なことだと思うのでこれはとても贅沢な体験なのかもしれ
ません。

今日のトピックの「バーシー」という儀式も体験するまでまったく
知らないものだったのでまるごとの体験として味わうことができ、
非常に印象的な思い出となりました。

同行したスタッフはもちろんこの儀式を知っていて「これから村
の人にとってとっても大事な儀式が行われます」と教えてもらい、
建設途中の小学校の教室にみんなで入りました。

教室の真ん中に日本では見たことも無いカラフルな円錐形の
祭壇(?)が設置されています。大きなお皿にお米やお花などが
きれいに飾り付けてあり、素朴ながらも心のこもった手作りの
祭壇であることが見て取れます。(このあと訪れたどの村でも
この儀式はお客さんを歓迎し、その幸せをみんなで祈るために
行われるものであることがわかりました。村によって若干祭壇の
デザインが違っているのも興味深かったです)

祭壇の周りをゲストである私達が囲むようにすわり、村の長老、
シャーマン的な役割を果たしているように見える男性が儀式を
仕切ります。さらに私達の外側を村人たちが囲み、大きな同心
円が祭壇のまわりにできあがります。祭壇をみんなで囲んで
儀式が始まります。

長老が祈りをささげている間、私達は全員で祭壇に手を伸ばし、
触れています。ときおり「サー(?)」という祈りを全員で発します。
この声によってみんなの心がひとつとなって祭壇をよりしろとして
ラオスの神さま(?)がみんなの心を訪れてくるような雰囲気が
ありました。なんだかとても穏やかな、そして懐かしい気持ちに
なりました。

印象的だったのはこのあとで儀式の終わりは祭壇に捧げてある
木綿の糸の束を村人たちが外して、それを手に持って近づいて
きてわたしたちゲストの手首に撒いてくれたことでした。

その糸を手首に結びながら、祈りの言葉を唱えてくれます。
おそらくは健康、旅の無事など相手の幸せを願って唱えている
のでしょう。そしてそのことばにはカタチだけのことばではなく、
祈りが本来そうであるべき、相手の幸せを願う温かい想いが
こめられているのが伝わってきました。彼らのことばはまったく
理解できませんがその心ははっきりと伝わってきてこの儀式は
本当に幸せな儀式でした。

たくさんの人たちが糸を結んでくれるので両手首はあっというま
に真っ白になってしまします。でもそれは彼らからの感謝の印と
してとても嬉しい気持ちを私にもたらしてくれました。

↓美保さんも手首が真っ白に♪(包帯ではありません)

d0030915_2240326.jpg










その日、ホテルに戻ってからその糸の結び方を見てみるとカタ
結びというわけではないので外そうと思えば外れるのですが、
なんだか外す気になれなくて私は参加者の中でひとりだけだった
と思いますがラオスを離れる最終日まで結んだままにしておき
ました。

↑しかしこれはシャワーを浴びた後、糸がなかなか乾かないので
シャツの袖が濡れてしまうのがちとキモチワルカッタです。

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↓祭壇はこのような姿です。

d0030915_946446.jpg
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# by silver_arch | 2011-01-03 21:44 | シルバーアーチ報告

パクセー空港で隣のラオス人男性と別れ、私たちはレンタカーに
乗り換えます。実はジョークだったのかどうかいまだにわからない
のですが、この旅をコーディネートしてくれたAEFAのスタッフの
金子さんから「ひょっとしたらトラックの荷台に乗ってもらうかも~」
といわれていたのでちゃんとしたトヨタのワンボックスカー(しかも
買って10日しか経っていないほぼ新車だったことがあとで判明♪)
だったので一安心。

とりあえず車は冷房が効いて乗り心地がよく、移動は快適なものに
なる…はずでした。というのはラオスの道路で舗装されているのは
幹線道路のみで私たちの向かう村までの道は未舗装だったのです。

それも日本の林道をイメージしてもらったら困ります。私は遊園地
に来たのか?これは遊園地のアトラクションだと思えば楽しいぞ~
というレベルの穴ぼこだらけの道だったのです。ゆっくり走っても
椅子から転げ落ちないように、壁にアタマをぶつけないように、と
気をつけていないといけません。

うわーまいったなぁ、こんな道があとどれぐらい続くの?&「来た」
ってことは同じ道を「帰る」ってことだよね~と走り始めて数分で
すごいところに来ちゃったぞぉ、という実感がわいてきました。

こういう道路は日本で写真で見せてもらっていたつもりでしたが
見るのと実際に走ってみるのとでは大違いでした。
といいつつも、勝手に思っていたよりは村まではずっと近くて、
それほどダメージはなくて済んだのでした。。。ホッ(^-^)

そしてこの旅における私たちのメインイベントの場所・ピアラー
小学校が視界に入ってきました!

とにかくたくさんの子ども達!そして彼らが校門から学校の校舎
まで2列になって通路を挟み、日本とラオスの手作りの国旗を
振っている光景が目に入ってきました。

この時点ですでに私はかなり驚いていました。「こんなにしっかり
した『開校式』だとは夢にも思っていなかった」のです。 (@_@)

事前にどんな感じになるのか?ある程度は聞いていたのですが
学校関係者は当然のこと、さまざまな教育関係、村の人たち、
その他のスタッフでこれだけの準備をするのは本当に大変だった
ろうな~と普段イベントを「行なう側」である自分としてはそんなこと
を考えて勝手に感動していたのです。

日本と違ってモノがない国ですからいろいろなもの(机・テントなど)
をいろいろなところから持ってきたり、移動したり、設置したりする
だけでとてつもないエネルギーが要るだろう・・・と感じたのです。

ただもちろんそんなことは私が勝手に想像しているだけで彼らは
微塵も私たちにそれを感じさせず、快適に過ごせるように、と彼らと
しては万全の準備をして私たちへの感謝の気持ちを表現してくれた
のだと思っています。そう思うだけで心がとても温かくなってきました。

飛行機で一緒になったラオスの彼が「ラオス人はコミュニケーション
能力が高いから、ラオス語がしゃべれなくてもぜんぜん大丈夫だよ、
ちゃんとあなたの心を読み取ってくれるから」といっていたのですが
これはそのあと何度もいろいろな場面で実感することになるのでした。

こういう相手に配慮し、察する能力は日本人とラオス人に非常に近い
ものを感じ、親近感を覚えるとともにこの国がいつか日本のように
発展していく可能性をも感じさせ、嬉しい気持ちになりました。

私の用意したスピーチは現地の優秀なスタッフによってちゃんと事前
に英語からラオス語に訳されていてラオスのこどもたちに伝えることが
できました。

この村に学校ができることをみんなが喜んでくれていることがその後
に行なわれた村長さんのスピーチからも伝わってきました。彼は自身
のスピーチのなかでおそらくは発音しにくいであろう私の名前を何度も
「正確に発音して感謝の気持ちを伝えよう」としてくれているのがちゃん
と伝わってきました。彼の純粋で素朴な姿が印象に残り、村の人たち
の学校への想いを知ることができたのも嬉しいことでした。

この学校にいる間中、すべての人が私たちに感謝を捧げてくれました。
特に印象的だったのは、もう帰る時間が近づいて車に乗ろうとしていた
ときのこと。おばあさんと小さな女の子が恐る恐る?私に近づいてきま
した。

小さな女の子はおそらくとってきたばかりの新鮮なパイナップルを手に
しています。でも私になかなか近づくことができません。おばあさんが
「さぁ、渡しなさい」とラオス語でいっていたのでしょう、やっと私のところ
にきてパイナップルをその小さな手でそっと手渡してくれました。

このプレゼントは私の人生でもっとも嬉しいものの一つになりました。
「学校を贈ってくれた日本の人にこのパイナップルを渡すんだよ」と、
おばあさんと小さな女の子が精一杯の心を込めて渡してくれたのです。
今思い出してもとても幸せな気持ちになります。そうだ、いつか落ちこ
んだときにはこの場面を思い出すことにしよう♪…そう思えるほど宝物
のような思い出になりました。嬉しかったです。

ちなみにこのパイナップルはその日の夕食のときにホテルでカットして
もらってみんなで食べました。それはそれは格別な味でした。ラオスの
果物は基本的にどれも新鮮で美味しかったのですが初日にこの出来事
があったせいか私はこのあとで出てきたパイナップルもことのほか美味
しく感じられました。

★この同じ一日の記録は美保さんのブログにもあります。

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# by silver_arch | 2011-01-02 20:59 | シルバーアーチ報告

(ラオ航空の国内線(小さなプロペラ機)のなかで隣のラオス人
から聞いたこと…)

さて翌朝はシャワーを浴びることもなくホテルを出てラオ航空の
国内線で南部の町、パクセーに向かうために空港へと出発。
朝食はホテルで作ってもらったランチパックを空港の待合室で
いただきました。(チーズサンドイッチとみかんとバナナ、小ぶり
なりんご。基本的にフルーツはどこで食べても美味しかったです)

国内便で隣に座ったのは30代ぐらいのラオス人の男性でなんと
なく英語が話せる人のような気がして「speak English?」と
話しかけてみるとまるでそれを待っていたかのような満面の笑みで
「YES!!」(T▽T)

彼とはいろいろな話をした、というか話し好きな人だったようで
質問するとかなりいろんな話をしてくれました。・・・が、やや発音に
クセがあって知っている単語でも何度か聞きなおさないと何を言って
いるのかわからないことが多かったです。もちろん私の英語の語彙力
も不完全ですから彼のせいだけではないのですが。

彼が「カッパー」と言っているのが銅のことだと気づいたのは
名刺をもらって鉱石の仕事をしていることがわかってから、みたいな
レベルなので。。。

話しているうちにだんだんと「ジャパン」→「ジーパン」、「ラーニング」
→「レーニング」という感じにずれるのだと気づいてからは少し想像が
つくようになりましたが何度聞いても意味不明な単語がけっこうあって
中途半端な会話になってしまったのは残念でした。でも長く付き合えば
ちゃんと聞き取れるようになるでしょうし、文法的にはしっかり勉強した
人の話し方だと感じました。

私達がラオスに学校を建てていて今日はその開校式なんだと説明
すると「私達の国の未来にとってもっとも大事なことは教育だと思う」
と喜んでくれました。いろいろ話した中でも「ラオスではいまでも30%
もの国民がジャングルでほとんどその日暮らしのような状態で暮らし
ていて非常に貧しいのだ」という話は印象的でした。

私も「これからは国と国が色々なレベルで助け合って関係を築いて
いくことがお互いの国の安全、世界の平和にとって、もっとも重要だと
思う。だからラオスに来たんだ」と彼の会社の親会社が中国の会社で
あることを思いつつ日本人としての想いを伝えました。短い時間でした
が直接ラオスの人々の考えていることに触れていることができ、とても
有意義な出会いとなりました。

そうそう、この会話の途中でラオス人の彼から「サッカーの日本代表が
アジアカップで勝ったね!おめでとう!」と伝えられて驚くとともに同じ
アジア人の彼がそれを一緒に喜んでくれているのが伝わってきて
とってもうれしい気持ちになりました。(^-^)

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# by silver_arch | 2011-01-01 01:04 | シルバーアーチ報告

本日の総売上…60万5300円
寄付金額の総額…13万2205円でした!

シルバーアーチに関わってくださったすべての人の
温かい想いが遠いラオスの子供たちの希望の光と
なって輝いています。みなさん、本当にありがとう
ございました。


↓現在の学校の建設状況・もうちょっとで完成です!
d0030915_23402715.jpg










☆次回のシルバーアーチは2011年10月29日(土)を
予定しています。

お客様アンケートへ

出展者・スタッフからのメッセージへ

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# by silver_arch | 2010-11-03 11:03 | シルバーアーチ報告

ラオスの学校建設状況

売上げの一部を寄付して学校建設を行なっているシルバーアーチ
ですが現在の状況についてAEFAアジア教育友好協会の佐藤さん
からご報告をいただきました。下記の写真は4月の時点ですが9月
には新しい校舎での授業を開始できるようです♪

★ラオス ピアラー小学校 建設状況 ご報告♪
http://blog.canpan.info/aefa/archive/1016

シルバーアーチに関わってくださっているみなさんの温かいご協力に
心から感謝しています。今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。

10月21日追記:現地の新しい写真が届きました。木材の不足のため
建設が遅れていて、来年の1月に完成予定とのことです。

d0030915_23402715.jpg
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# by silver_arch | 2010-08-29 08:10 | シルバーアーチ報告

       『シルバーアーチ基金』設立規約書 

                      日付:2009年2月17日

1、シルバーアーチ基金設立の目的は子供たちが未来に明るい希望を抱き、
豊かな社会を創っていくため、主に東南アジアにおいて学校建設資金の寄付
を集めることとする。

2、シルバーアーチ基金参加の条件は上の意図に賛同していただける方と
する。この基金への参加または退会の際の費用は不要とする。

3、寄付はやすらぎの部屋の事業の売上げから適宜行なうものとする。
またこのシルバーアーチ基金の趣旨に賛同していただける一般の方から
の寄付も随時受付けるものとする。

4、寄付金は全額を学校建設の目的に使用することとし、事務費経費等を
差し引かないものとする。

5、ご寄付いただいた金額と総計、寄付された方のご氏名、寄付金の出資先、
寄付金による学校建設計画、過程、結果などのプロセスをシルバーアーチ
公式ブログにて公開し、プロセスを可能な限り透明に行なうこととする。

6、シルバーアーチ基金の事務、会計管理はヒーリングスクール・やすらぎの
部屋にて責任を持って行なうこととする。

7、実際の学校建設においては下記団体とともに取り組んでいくものとする。
  アジア教育友好協会 http://nippon-aefa.org/

ヒーリングスクール やすらぎの部屋
設立 1999年5月1日 
所在地:〒251-0037 藤沢市鵠沼海岸2―10―28シャルム鵠沼303
メール:y.alchemia@gmail.com

                 代表:川上美保・川上貢一

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# by silver_arch | 2009-02-17 05:43 | シルバーアーチ基金・規約